2017年3月3日金曜日

2017/02/25谷川岳

谷川岳遠征は名駅裏のS木屋での作戦会議から始まった。 前年名駅から10人乗りレンタカーを駆使したものの、関越自動車道で東京へと帰宅するスキーヤーの大渋滞に突っ込んで群馬県を抜けるのに3時間もかかってしまい、名古屋到着は0時を過ぎ、解散後の会員の帰宅経路が閉ざされてしまうという名古屋駅での大量遭難というここ数年来ふわくではなかった事態が発生してしまった反省から、往復夜行バスというこれまた思い切ったアクセスを画策してしまうのであった。  作戦会議は2641,3028,3031の3名。ところがバイトの店員の2度にわたる酒の注文ミスで我々としては一番大事な注文にケチがついて、作戦会議もそこそこに店を立った。この時点で某氏は5合を超え、夜行バスのために最後の水一杯で睡眠導入剤を飲まれたようだ。  集合場所に到着するとすでにメンバー全員の顔がそろっている。  挨拶もそこそこにバス乗り場へと向かう。大阪始発群馬行きというマニアックな日本中央バスは三列独立リクライニングシートで毛布付きだった。  金山に停車後某氏は爆睡。3028氏はネックピラー持参で万全の体制である。これは夜行バスには必携品だと思う。  翌朝新前橋に到着。メンバーは全員元気に朝を迎えたようだ。まずは第一関門突破である・・・が、某氏の目が開かない。「飲みすぎだわ!」との声に心配がよぎるがどうも睡眠導入剤の効きすぎだとあとで判明するのである。  新前橋から水上へとJRで向かう。鉄オタの3291氏はしきりに列車の写真を撮っている。向かい側のホームに豪華なお座敷列車が止まっている。珍しいものを見させてもらった。  列車はスキーヤーやボーダーや観光客でほぼ満員状態。水上からのバスに乗れるか心配だったがほとんどが越後湯沢方面へと向かう客だった。某氏はまだ寝ている。  バスもほぼ満員で出発。某氏もこのあたりから復調(ホッ!)3291氏は土合のモグラ駅が気になってしょうがないみたいである。 谷川岳はご存知のとおりギネスブックに載っている山で一山としては世界で最も遭難死者数の多い山である。その数800人の命を飲み込んだ山なのである。(昭和6年~平成24年)  かつてはこの土合の地下駅の階段を何かに取りつかれるように歩いて谷川岳に向かう風景を思うと緊張感が高ぶってくるのだ。  ほとんどが一ノ倉沢あたりのクライミング事故で、戦前あたりの装備技術よりはかなりよくなった結果最近では死者数は激減しているようだ。  特に厳冬期は群馬県谷川岳遭難防止条例により登山禁止区域が設定され、一般登山者の入山は天神尾根と西黒尾根ルートに限られている。  さて前置きが長くなってしまった。  いよいよロープウェイで一気に天神平へ上がる。右手に見える真っ白な谷川岳はトマノ耳、オキノ耳をそろえた双耳峰なのだが、青空輝く背景に山頂だけ真っ白な雲がかかってしまって残念ながら見えない。アイゼンを装着してスキー場の右手斜面を直登する。先行者はいるものの、軽いラッセル状態で先頭を行く。背負ったスノーシューが重い。こんなもの置いておけばよかった(といつも後で思うのだ)  昨年より多雪で4mの積雪の斜面を踏みしめて登る。メンバーの息が上がる。この時点では無風快晴。あぢ~。ヒイヒイ言いながら結局最後までトップで稜線にたどり着いた。  稜線上はアリの行列のように先行者が見えている。さすがに人気の山だ。  稜線上はまだ森林限界を越えていない。1か所いやらしく、悪い状況によってはロープを出さねばならないかなと思っていた地点も今年は多雪で足幅程度のトラバースを数歩で越えられた。  メンバー全員快調に歩く。今回は動画作成ということで監督があっち行ったりこっち行ったりでその都度カメラ目線になったりして笑い声が飛び交う。  行程は熊穴沢避難小屋に到着した。4mの積雪は小屋を埋め尽くし屋根上のまっすぐ伸びた鉄骨だけが数十センチ見えるだけだ。入口へと掘られた穴があるがそこへはやはり4mほど。「下りるが上がれん」そう呟きながら雪深さに改めて驚くのだ。 ここで全員にピッケル装備を告げる。尾根はさほど狭くはないが転倒したはずみで持っていかれる可能性がある。安全第一だ。 風が強くなってきた。バラクラバを鼻まであげる。天神平とは打って変わった気候になってきた。雪もちらついてきた。急登急登でペースが上がらない。その分1団となってパーティーとしては良いといえば良いのだが、いかんせんペースが上がらない。 ロープウェイ最終発車時刻16:30天神平がタイムリミットなのでそれが気になりだした。上を見上げるもいまだ山頂は雲の中、肩の小屋さえ見えない。急登ホワイトアウト気味の同じような景色をただ単に両足を交互に上にあげる動作の繰り返しになってきた。スノーシューなんかおいてこればよかった。何回思ったことか。 天狗岩の岩塊が見えてきた。先行パーティーが休憩している。時計を見ると11:30。肩の小屋まで行きたかったのだが先行パーティーにつられる形でここで昼食とした。 天狗岩の陰に隠れる形で風をよける。手袋等風で飛ばされたらアウトだ。そういえば最近巷で流行のテムレスをはめている人もいる。デザインがもう少し良ければもっと売れるだろうがまさかメーカーも登山で使うとは思っていなかったのだろう。 寒い!休憩が長引くと冷えるので食事もそこそこに出発する。厳冬期は基本行動食というやつです。 肩の小屋が見えた。雪が多すぎて下から見えなかったようだ。側面にたっぷり雪や氷がついている反対側の側面は風で吹き飛ばされるのか雪はほとんどない。ここまで来ればトマノ耳はいただいたようなものである。 一か所クレバス状に雪面が割れたところを横断する。ずぼっと行くと数メートルは落ちそうな感じで緊張した。はまっちゃった人数人。私の体重で歩いたところを歩けばいいのにほかのところを歩くからこういうことになるのだ。 それにしても展望が効かない。ここからが谷川岳のクライマックスの景色なのに・・・。 広い斜面を上がるとトマノ耳の標柱。ここでとりあえずはメンバーと握手&ハイタッチ。 さて、ここからオキノ耳へと向かう。トマノ耳~オキノ耳は雪庇の発達で有名。この景色を見るために登るようなものである。今日はというと雪庇すら見えないほどの真っ白け。東側に雪庇があるので寄りすぎないように、岩塊を巻いたり越えたりして15分ほどでオキノ耳に到着。 ここからトマノ耳を振り返る景色がよく雑誌にも載る景色なのだが残念だなぁと思っているとほんの2秒ほどトマノ耳までの巨大な雪庇を携えた稜線が姿を現してくれた。シャッターチャンスもないまま、夢のような幻影とも思えるような景色を目に焼き付けて下山を開始。 マナイタグラ、白毛門、武尊山、新潟方面の白く輝く山々を堪能して、こんな急登を登っていたのだと感心しながらガンガン下って天神平に15:30到着。 バスで水上へ戻り公設の風呂屋で温泉に浸る。寂れかかった温泉街の中華料理屋「雪松」でふわく恒例の反省会 ビール、料理、散々飲み食いして盛り上がり、ほとんどバイキング状態でおひとり様1500円。絶対会計間違ってるとおもいつつ、全員ニコニコでJRにて新前橋へ。 再び夜行バスに乗車。気が付けば「名古屋に到着します」のアナウンスで目が覚めた。 山頂での展望には恵まれなかったものの、すばらしきメンバーに恵まれ無事谷川岳に弾丸登頂することができました。ありがとうございました。 部長さんの粋な計らいにより動画も作成していただき、2度3度楽しめる山行になりました。重ねてお礼申し上げます。 さて、来年の谷川岳のニーズはあるのだろうか?

2016年10月2日日曜日

【百名山】幌尻岳

【日 付】2016年9月10日(土)~12日(月)
【山 域】日高山脈 幌尻岳
【天 候】曇りのち晴れ

【メンバー】11名
【コース】
   9/10セントレア7:10>>8:55新千歳空港==とよぬか山荘12:00==13:00第2ゲート…15:30北海道電力取水口…20:15幌尻山荘(泊)


   9/11 幌尻山荘6:15…8:10命の水…10:45幌尻岳12:00…13:40命の水…15:10幌尻山荘(泊)


   9/12 幌尻山荘4:00…7:00北海道電力取水口…10:00第2ゲート…12:00とよぬか山荘==17:30新千歳空港19:20>>21:20セントレア



  自分としては10年程前に訪れている山で雨だった登山のリベンジとしても気になっていた山だった。
 企画はしたものの、慢性金欠病の自分としてはアクセスをLCCに依存する選択肢しかなく。このオーダーがただでさえ登山というリスクのある遊びの中で、キャンセル料100%というさらなる経済的リスクを負うことになった。
 おりしも7月からの北海道は次から次へと台風が押し寄せ、トムラウシ、雌阿寒などへのアクセスはズタズタになってしまった。

 幌尻へのアクセスはというと、台風10号など8月から4連発の台風の影響で幌尻山荘への前線基地とよぬか山荘からのシャトルバスは台風13号の影響で運行するかどうかわからない。予想進路は9/10に北海道に最も近づく予報であった。


 9月に入ってからとよぬか山荘のHPを毎日チェック。モチベーションがどんどん下がってくる。シャトルバスの運休が7/28~31、8/17~9/5登山シーズンのほとんどを入山規制となって、やっと9/5~運行再開となったところへ台風13号の発生でどうなることかと思っていたら、9/9にシャトルバスが糠平川流量増加のため運休となった。

 こうなってくると、天気予報や進路や参加予定者への連絡やJETSTARキャンセル料の回避のための転進先として後方羊蹄山の調査やら精神的にもかなり追い込まれてくる。
 もう一つの代案であった新冠コースからの幌尻岳も林道崩壊で歩行者さえも通行止めと判明している。


 セントレア早朝集合のため参加者数名に大野町の老舗旅館(とはいっても寂れてしまった常滑市内では格安旅館)に泊まってもらった。そのメンバーに前夜自分が顔を出して明日以降の予定を告げる。

訓練山行で愛知川遡行を催行したときスズメバチの被害にあったF沢さんに容体を聞く、同症の自分としてはちょっと心配。


 とにかく明日以降の流動的な行程を天に任せ、山行の無事終了を祈って床についた。その夜のとよぬか山荘の新着情報は以下の通り。


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【2016年9月9日】

9/10(土)の1便(4:00発)まで運休とし、その後は明日9/10の朝6:00頃判断することとなりました。

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翌9/10(土)集合時刻6:10から30分早めに中部国際空港駅改札出口にてメンバーを待つ。

時を待たずして10分ほど前には全員集合してくれた。チェックインもすんなり済ませ受託荷物の手続きもあっさりと終わった。、保安検査を経て出発ロビーでスマホからとよぬか山荘のニュースをを確認した。


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 【2016年9月10日】


2便7:00発~バス運行再開します。


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メンバーに内容を告げると歓声が沸き上がった。我々の利用便は第4便12時発であった。

とりあえず、幌尻山荘までの行程がつながったことになる。


新千歳空港にほぼ定刻に着陸。タイムズレンタカーのカウンターで手続きを済ませ、一路とよぬか山荘へと車を走らせる。U川さんとの2台でのアクセスとなった。

とよぬか山荘はかつての小中学校跡で校舎が宿舎となっている。12時少し前についてシャトルバスを待った。






北電取水口


やってきたバスは泥だらけのマイクロバス。

それを見ただけで林道の状況がわかるというものだ。

途中から見る糠平川本流は泥水を含んだ茶色い水が堂々と流れている。不安がよぎる。果た

して遡行できるのだろうか。

シャトルバスに乗車したのは我々と男性登山者1名の合計12名。やはりキャンセルがあったの

か思ったよりも少ない人数だ。

13:00、第2ゲート到着。準備をして歩き始める。時折小雨がぱらつき、雨具を脱いだり、着たり

の林道歩きとなった。

第一便以前は運休なので入山している人もなく、すれ違う人もいない。

ところどころ林道修復の工事車両をやり過ごしたりユンボの脇を通ったりして15:30に北海道電力の取水口に到着した。林道はここで終わり、ここから登山道となる



 糠平川の右岸に付けられた登山道を少し進むと、登山道が消失したように見えた。

 よく見るとゴウゴウと流れる水の15m先の右岸壁に鎖がトラバースさせてあった。

 その鎖まで水面から3mほどの位置の壁をトラバースせねばならなかった。水量と激流の水音でメンバーの顔がこわばる。落水すれば勢いよく流されるのは必至だ。

 ここで初めてロープを張った。簡易ハーネスを120cmシュリンゲで作ってもらい、中間支点を一か所設置して掛け替えで通過する。

 慣れないこともあり全員が通過するのにかなりの時間を要したが、無事通過できて、ほっとする。






 いよいよ渡渉が始まった。水量も多いし流れも速い。足を取られそうになりながらもバランスを取って対岸へ渡り、ロープを設置。

 既に沢装束になって準備万端のメンバーにカラビナをかけて渡渉してもらう、何度も何度もバランスを崩しロープにテンションがかかる。

 安全第一でほぼすべての渡渉にロープを張った。それぐらいしないと流されそうな状況だったのである。




 セルフビレイと肩がらみでのU川さん。

 時には腰までの渡渉。水流に負けそうになる。





 こんな感じで渡渉を10回ほど繰り返しているうちに、もう日が暮れてきた。渡渉開始から2時間で小屋到着の予定がすでにその時刻も過ぎて時計は18時30分を回った。

 おおよその渡渉点は進んでいる側の岸が立ってくるとペンキマークや蛍光テープが現れる。前方に高まくような踏み跡がなければそこが渡渉点だ。とはいっても今日の渡渉は渡る場所を選ばないと胸までつかることになる。

 全員のヘッドランプを水面に投影する、浅そうで流れのましな場所を探りながらトップで渡る。もちろんロープを引っ張っての渡渉だ。

 メンバーを励ましながら、渡る人と水面を全員で照らす。ロープを張らなければ流された場合もう見つけられないと思うと時間がかかってもロープをすべての渡渉で張ることにした。

 メンバーの不安をぬぐうために、GPSの画面を提示した。幌尻山荘まであと1kmだ。このGPSにどれほど助けられたか。

 メンバーの様子は体が冷えつつある人もいたようだが、あと少しと励ましながらビバークするよりも前進だと決意する。見覚えのあるゴルジュ状の場所の渡渉にかかった。以前来た時は胸までの渡渉だった。

10年以上前の記憶であったがやはり胸までつかりながらの渡渉。確保しているロープにも力が入る。GPSを見るとあと500m。時刻は19時40分だった。

 やがて岸から離れるように登山道が現れる。この道が幌尻山荘まで続いてくれと祈る。

 GPSを見る、あと50m。小屋の灯りが見えた。ホッとした。後方で歓声があがる。最後に小屋直前での渡渉。ここも流れがきつかった。

 幌尻山荘到着20:10。小屋のドアを開ける。小屋番に心配をかけたことを詫びる。北電取水口からコースタイムの倍の時間をかけて小屋に着いたことになった。

 小屋はすでに就寝時刻を過ぎていたが、夜間にお湯を沸かしておいてくれた。小屋番の気づかいに感謝。

凍えた体に暖かいお湯はありがたかった。

 小屋の外で遅い食事をとり、着替えて1階をほぼ貸し切り状態でシュラフに潜り込む。横になれば、安堵感のせいかすぐに深い眠りについた。


 2016/9/11

 小屋の朝は早い。4時ごろから出発していく登山者の物音に起こされる。






幌尻山荘





小屋前で朝食

 天気はまずまず。濡れたものを干して6:15に小屋を出発する。

 小屋の右手奥あたりが登山口で最初から急登で支尾根へと目指す。



 

2時間ほどで命の水分岐。





1740mのピークに乗ると、北カールをはさんで幌尻岳の雄大な山容が現れた。




体積の大きい山だ。

雄大なカールにはエゾジカが駆けていくのが見える。















このカールを右から回り込むように尾根を山頂へと向かう。


70歳のH本さんが遅れだしてきた。ここまで頑張ってきたのでなんとか山頂を一緒に踏みたい。

彼女は今回の幌尻岳が日本百名山の百番目の山なのだ。

もっと早くにここを済ませばよかったのに、なぜか最難関の幌尻を残してしまったのだ。

他のメンバーに先に行ってもらって、遅れて二人で歩を進める。







山頂表示板が見えてきた。他のメンバーが拍手と歓声で迎えた。

「泣けてきちゃう・・・。」彼女の目から涙があふれた。
昨日からの苦労もあって、山頂をみんなで踏めたのは実に感慨深いものがあった。


戸蔦別岳や七つ沼カールに未練を残しつつも下山にかかる。





戸蔦別岳への稜線を見ながら途中命の水でのどを潤しガンガン下った。


 小屋には15:10着。M崎さん、S田さん、が準備してくれたうどんで舌鼓。700円の缶ビールを飲んでる人もいるけど、飲んでいるのは少数派。アルコールもそこそこにおいしい食事を済ませた。やはり共同食は楽しいもので山行中1回はしたいものである。女性陣に感謝です。昨夜とは違って余裕の就寝となる。ただ明日の渡渉を考えて出発時刻を4時に早めた。


2016/09/12


 10日の渡渉に5時間もかかってしまっていたので、第2ゲートからとよぬか山荘へ向かう11時のバスに乗るにはその後の林道歩き2時間を加算して7時間と考えると4時出発となった。 出発時にはメンバーの口数が少ない。またあの渡渉を思うと気持ちが重いのだろうか。 ふと空を見上げると満天の星空。スバルも見える。久しぶりのスバルに「昴だ!」とテンションを上げようとするが、乗ってきてくれたのはT村さんぐらいだった。 小屋下の渡渉、若干水量は減ったものの油断すると一歩を持っていかれそうな水流であった。 この渡渉を済ますとしばらくはまともな登山道が続く。 次第に夜が明けてきた。メンバーも慣れてきたようで渡渉の要領も良く、1回の渡渉にかかる時間も短いようで、渡渉を楽しんでいるようにも見えてきた、ずいぶんと余裕が出てきたものだ。









 


計算していた時間より2時間ほど早く、7:00に北電の取水口に到着した。


 すごい時間の短縮ができた。慣れと水量の減少もあったのだろうが何といってもメンバーの気合の賜物だろう。


 強いメンバーが弱いメンバーについてペアでフォローしてくれたのも大きな要因であり、感謝感謝の一言に尽きる。


取水口で装備を解除して一般登山道仕様に変換。




林道歩きの2時間は余韻を楽しんだり、すれ違う登山者に情報提供したりで長い道のりもあっという間の時間だった。


バスに乗車まで1時間ほどの余裕の到着だった。


バスに乗車してひと眠りの後とよぬか山荘に着いた。数人が記念のTシャツを購入。僕も買っておけばよかったと後悔。

台風後の増水とアクセスの不安だらけの山行になったが、本当にメンバーに恵まれた楽しい山行の思い出となった。

メンバーに感謝の一言に尽きる。

このメンバーでいつの日かまた行ける日を夢見ている。

2014年7月5日土曜日

知多半島の里山を行く。(南知多町内海四天王 )

 愛知県最大の海水浴場で知られる、南知多町内海には江戸時代末期に設けられたという内海の集落を四方から守る四天王が祀ってある。

 内海の町を中心に東西南北の里山に石像が祀ってあるというのだ。

 今日は自転車に乗って自宅を出発。里山を自転車で越えようという魂胆だ。

 まずは名鉄内海駅へと向かう。南風の吹く知多半島を南下するので大変なようだが、電動アシストのおかげで快調に飛ばすことができた。

 内海駅についてから内海中学校の脇を通って、北の多聞天が祀ってある持宝院方面に向かう。持宝院の寺には入らずに大きな寺の名前の書いた石柱の場所を左に進み、舗装された道の坂を上がるとじきに指導標が現れた。この指導標は手作りでなかなか趣があってよい。
この四天王を史跡として保存に尽力されている「きずなの会」の世話人の製作だろう。
 道は細い地道になり、ひとのぼりで多聞天の石像が現れた。

北の多聞天

  今日の安全登山を祈念して山を下りて東へ向かう。
  田んぼや小川のほとりのまっすぐな脇道をひたすら東へと向かう。
  ログハウスの喫茶店の右を山に向かう道があるので、向かっていくと小さい分かれ道にまたも手作りの道標が現れた。
途中に廃屋とか壊れた炭焼き小屋だろうか、そんなものが突然現れてびっくりさせられる。
炭焼き小屋は廃墟
女性の独り歩きには向かないような道だが、路面の状態は湿っぽいが格段に悪いという感じはしない。
 そんな壊れた炭焼き小屋の隣の小尾根のさきに、東方を守る持国天が祀られていた。


東の持国天
さて、一旦ログハウスのところまで戻り、どうしようかと思案する。
 このまま周りが田んぼだらけの内福寺川沿いの広い舗装道を街中まで戻って、利屋あたりから南の増長天を目指すのが早くて簡単だが、どうも普段のバリエーション魂がうずきだしてしまった。

 地形図を見れば、おそらく廃道に近いであろう里山の山中にあるいくつもの実線をたどって、なんとか西村あたりにたどり着き、そこから高峰山の北側に向かえないものかと自転車をこいだ。
 地形図を見れば山中に神社の地図マーク。結果的にはログハウスの喫茶店近くの神社の向かい側からコンクリート舗装の軽トラックがやっと走れるほどの山道に取りついた。

 この山道は、美濃や鈴鹿の林道のようで、本当にここは知多半島にいるのかと思わせる。内海の里山は結構山深い感じをさせる。
 山中の頂上あたりに祀られた神社マークの社で道を失う。地形図では道があるはずだが道型もなくうっそうと木が生えてしまっている。
 仕方がないのでいったん戻って別の道を見つける。西村方面へ行けばいいはずなので方向を確かめながら自転車を進めると道標が出てきた。ホッ!


 さっきの神社は熊野社だったのかな。
 ここで再度地形図を確認。北山方面は道が良い。西村方面は踏み跡薄く草ボーボーのようだ。
 えいやっ!と西村方面に自転車を向ける。クマの心配は皆無だがマムシが出てこないのを祈るだけだ。
  走り出せば多少の困難さもあるが走れないことはなく、竹林の中を行ったりして面白い。
 やがて作業小屋なんかも出てきたりして人の気配が感じられる頃道はどんどん下り出して、
西村の奥の山間の田畑に出た。
 さあ、ここ西村から利屋へと向かう。ここが今回の核心部か。途中こんな道標に気づく、向かうのは利屋谷というのか。


 この先で地形図にはあるが実際の道がないので迷ってしまった。二股のところを右に行かねばならないのだが、ハンドルにつけたスマホの地図ロイドが示すのは左に進んでしまっているのだ。
 要するに二股の右の道が廃道になっているのか、道が全くないのだ。あるのはミカン畑。

 まあいいかと進んでいくと道標に救われた。


 さらに道は地形図に道がないところをトラバースし始めた。とても自転車に乗っていけるようなところではないので、汗を噴き出させながら押して越える。やがてさきほどはなかった道と地形図上で合流したようだ。
 すると、見覚えのある高峰山への手書きの道標。今回は高峰山はパス。
 このあたりから道は下りになる。目いっぱい下って 再度地形図上の道と重なって大きな農業用水のため池に出る。
 この池の脇から再度上に向かう道があるので使うことにした。電動アシストの威力でずいぶんと思い切ったルート取りが可能になるので買ってよかった。

 コンクリートの湿った舗装道は上まで続き、なんとか旧フォレストパークへの封鎖部分に続く道に上がりきる。
  しばらく走ると南の守り神、増長天の手作り道標が見えた。
 
自転車を置いて、細い急な坂道を上がると増長天に会うことができた。


南の増長天

 木立の合間から風光明媚な伊勢湾が見える。



 ここから利屋まで一気に下る。標高100mぐらいの一気くだりだ。
 利屋から国道247号に出た。町は夏に向けての準備であわただしい。
 名鉄内海駅へ向かう太い道の一本西の道から吹越地区へ向かう。
ここには岡部城という城があったらしい。ピークの小さい広場には城跡の遺構とその説明板がある。




その城跡の奥に西の守り神、広目天が祀られている。


西の広目天
  
 本日の無事を感謝して一礼した。

 ついでにこの広目天を下りた道を北へ向かい、美浜町小野浦のバンガロー村に向かってみた。
 ここからひと山越えて美浜町最高峰老眼山へのアプローチをかんがえてみた。

 しかし今日の四天王のルートを歩いたら老眼山まではヘロヘロで無理かも。


 詳細は以下
南知多町内海四天王 | Garmin Adventures

2014年6月29日日曜日

【鈴鹿】東多古知谷右股

【 日 付 】2014年6月29日(日)
【 山 域 】 鈴鹿 御在所岳南面
【メンバー】 りゅうさんとの二名
【 天 候 】 晴れ
【 ルート 】 百間滝橋9:00~東多古知谷~11:30右股~12:20一の谷新道~13:30山頂~望湖台~表道~15:00百間滝橋

 いよいよ、沢の季節がやってきた。
 29日の日曜日は週初めの予報では雨模様で、自宅でゴソゴソかなぁと思っていたのだが、りゅうさんからの「好転してきそうなので東多古知どう?」などという腰を浮かせるメールが飛び込んできた。
 「ありゃ?今年の名コンビ(迷コンビ)の初沢の予定は元越谷でまったりと、じゃなかったんかいな?」まあいいや。
 
 昨夜は菰野、四日市あたりは土砂降りだったようで、水量が気になったが、いざ東多古知の堰堤を見ると案の定、堰堤の途中からも水が噴き出していた。
 堰堤の内側で身支度を完了してF1に取り付く。ありゃ体が重い。体が上がらないよ。キレがすこぶる悪し。水も板状に落下してるし。
 F1は顕著なチョックストーンの滝だったが砂でもつまったのか,様相が変わってきている。

 F4 18mは途中の木に「ヘ」のじ上にひっかかった流木にランニングビレイをとる。僕は滝下でビレイする。ここは滝の落ち口あたりがスラブ状で流量が多いともっていかれそうになるし、ちょっとした緊張する部分が最後にくるので、上がりきるまで油断ができない。
 もう少し下の部分でもう一か所ランニングビレイがとれれば、気分的に安心感が増すので次回はそのあたりも探しながら登ってみようと思う。


 今日のF5百間滝は水量が多く豪快であった。ここでしばしルートの研究。これも恒例作業。
 テラスまではフリー、そこから1本か2本オーバーハングの部分は人工登攀でアブミがいるだろうな~と。次は右の小ルンゼを1ピッチ。そのあと・・・・・・・・右の巻道に逃げて終了。
 とつぶやいたら、そのあと滝を横断して左側から攻める。とりゅうさんが言ってきた。「ただし水量の少ない11月!」が付け加えられた。
 まあ、現実的な話はさておき、滝を見ながら20分ほどああでもないこうでもないと・・・・ある意味こんな楽しめる滝もない。
 10年ほど前に鎖を垂らして登ったことがある。きわどいところはこの鎖の穴にフィフィをかけてアブミ2個で交互に登り切ったことがある。
 今考えれば準備に相当な時間と経費が掛かっていたんだと思う。


 百間滝の左岸を巻く。なんかいつもルートが違うように思うが、一番巻きやすいルートはどこなんだろうか。
 上部ナメの左岸にササユリを見つけた。久しぶりのササユリとの出会いもいいものだ。愛らしい可憐な花を一輪咲かせている。


 水量が多いのでナメもいい感じで遡行できる


 もう一つの核心部F7 15m が上部に見えてきた。
 20mロープをダブルでセット。アンカーにハーケンを使ってみる。適当な岩のクラックにハーケンを打ち込んだが、いつもやらないことをやると、いろいろ後になってトラブルがあるのがわかってくる。
 今日は水量が多いので流心に手を突っ込むのに難儀だし、もたもたしていると雨具を着ているとはいうものの、どんどん体温を奪われて体が冷え、手も水に入れられなくなってくる。
 そんなこともあって、いつもとは難易度の高いルートを強いられるので、本日久々に駆使したのがナッツセットだった。
 ランニングビレイにハーケン3本、ナッツ2か所の5か所のベタ打ちでこの滝を突破した。


 アンカービレイにハーケンを使ったので、上部のリングボルトに20mロープでは届かなくなった。要するにいつもより下部でのビレイとなってしまったのだ。
 「いっぱい!」という僕のコールも水音にかき消されそうだったが、それでもさすがにりゅうさんである。臨機応変に上部にナッツ2か所の分散流動で終了点を設置していた。
 
 あとでいろいろカムを使ったらどうだとか話してみるのだが、沢ゆえにドライな岩と違って高価なギアのメンテナンスもスキルの中に追加されてくるのが躊躇する部分ではある。
  
 今回は持参したアブミの出番はなかったが、いざとなったらいつでも使うという意識もどこかに持ちたいものだ。

 やがて二股に着いた。ここは通常ルートは左股を進むのだが、今日は二人とも未突入の右股を行こうと決まった。

 すぐに10mほどの滝が目の前に現れた。右側にクラックを持った上を流れが勢いよく走る、いかにもホールド、スタンスに乏しそうな斜瀑だ。
 しかも水のない岩の滑り台は薄い泥をつけたヌメヌメだった。


 しばし攻略法を検討するが、意外にあっさりと「巻き!」という結論に達した。右岸を見ればしっかりと踏んだ跡がついている。通常は巻きなのかな。


 巻きでおそらく小滝もまとめて巻いているのだろう。それにしても巻きといってもきわどい巻きでちょっとした一歩にもビビりが入る。地表に現れた小さい木の根の強度を確かめてつかみながら一歩ずつ巻き上がる。
 
 やがて谷はガラガラの浮石だらけの岩屑の谷と様相が変わってきた。ふと見上げると、なんとそこには割と新しいお地蔵さんが・・・・・。
 間違いなくこの場所で亡くなった人の供養のためのお地蔵さんなのであろう。
  まさか東多古知谷の上部にお地蔵さんが祀ってあるとは思わずに何とも言えない気持ちになった。こんな場所で遭難死するいきさつとは何であったのだろう。迷 い込みか、岩崩れに巻き込まれたか・・・・。 場所的には一の谷新道から100mほど下部だろうか。冥福をお祈りした。


 やがて水流も消え、懐かしい笹のやぶ漕ぎで一の谷新道の登山道に飛び出した。
 一度は入ってみたかった右股だが沢登りは断然左股のほうが洗練されている。そんな結論に達した。もう、右股に入ることはないだろう。

  アゼリア前の広場で昼食とした。おしゃれな若い登山者に混ざって我々のいでたちは安物のカッパにジャージと地下足袋である。実に異様な光景であっただろ う。しかもりゅうさんはadidasの地下足袋なんぞ履いているので、ますます異様である。この前はマムートの軍手をしていたような気がする。


 昼食後にスキー場のおしゃれな緑の丘を越えて、三角点、望湖台へと足を向ける。このあたりから我々名コンビの真骨頂が発揮される。

 アベックの山ガールのほうにチャチャをいれたり、山ガールだけのパーティーであれば声をかけて冗談など言いながら追い抜いていくことが多くなってきた。
 これも御在所の重要な楽しみの一つである。最近はこんなふうにして下山するのが恒例になってきた。

 表道をガンガン下り百閒滝展望地でもう一度攻略法のおさらいをして、三ツ口谷堰堤前の駐車地に帰着した。今年は何回沢に行けるかな?
 日本の夏、沢登りの夏は大好きな東多古知が外せない。

2014年6月19日木曜日

【百名山】空木岳

【 日 付 】 2014年06月19日(木)~20日(金)
【 山 域 】 中央アルプス 空木岳 【メンバー】 単独
【 天 候 】 晴れのち曇りのち雨のち晴れのち曇り
【 ルート 】 自宅4:30==6:50菅の台バスセンター7:15==7:45しらび平8:00++8:07千畳敷駅8:30--9:00極楽平--11:05檜尾岳--12:40熊沢岳--14:05東川岳--14:30木曽殿山荘冬季開放小屋(泊)        木曽殿山荘5:45--7:15空木岳--7:45駒峰ヒュッテ--8:10駒石--9:40大地獄--10:20マセナギ--11:40林道終点--12:50菅の台バスセンター
  
 雪解けの声もちらほら聞こえてきたので、近場の中央アルプスに出かけてきました。
  梅雨時の晴れ間を狙って卓越天気予報ともにらめっこしながら、前夜に出かけることに決めた。

 台風崩れの低気圧の影響がどうなるか心配されたが、ちょうど夜中に通過するようでそんな情報も頭に入れての早出となった。
  駒ケ岳ロープウェイは19日で新しいゴンドラに代わる作業のため、運行はこの日が最終日となる。28日のリニューアル運行まで休業というわけだ。
 
  菅の台バスセンターに隣接する駐車場に車を入れる。駐車料金は500円。何日でも500円のようだ。
  切符を買ってバスを待つ。総乗員20名にもならないぐらいだろうか、わけもなく先頭に並ぶことができた。とてもシーズンまっただ中では考えられない空きようだ。
  古いゴンドラとも今日が最終日とあって、マニアもいるのか登山者は半分ぐらいと見受けられた。その登山者のリュックを見るに木曽駒ケ岳方面がほとんどだろう。
  ゴンドラを降りて空木岳方面、極楽平へと足を向けたのはやはり僕一人だけであった。この時点から翌日10時ころまで天涯孤独な一人旅となる。
  千畳敷カールにはたっぷり雪がある。軽アイゼンとダブルストックで腐った雪をとらえながら、滑落したらあのあたりで止まるかなと下を見ながら、30分ほどで急斜面を無事に上りきった。結局アイゼンを使ったのはここだけであった。最後はトラバース気味に島田娘の北の雪のない小尾根上部に取り付いた。夏道から200mほど南に上がったようだ。
 DSC02421.jpg 千畳敷カールから極楽平を目指す  木曽駒ケ岳、宝剣岳を眺めながら天気の良いのに感謝する。千畳敷で別れた人たちが小さく見える。

  どうでもいいことだがホテル千畳敷は名鉄グループが経営しているようで、株主優待で20%割引で泊まれるらしいので、食指が動いているのだが、株で大滑落した経験があるので思いとどまったほうがいいのかもしれない。サブプライムローンでやられ、リーマンショックでとどめを刺さされたが、アベノミクスでなんとか持ち直してきてはいるので、また悪い虫が動きそうだ。
  余談だが、山上ホテルでは女房と二か所宿泊すると約束している。美ヶ原の王ヶ頭ホテルとここなのだが、楽しみはどんどん先延ばしになってしまっている。
  おっと話がずいぶんとそれてしまった。m(__)m
 堂々した三ノ沢岳
尾根を挟んで三ノ沢岳が大きい図体をいつまでも見せている。思わず一の沢、二の沢、三の沢と数えてみるが同定できているだろうか。朝の晴れ間を喜んでいるのもつかの間に檜尾岳につくころにはすっかりガスにまかれてしまった、そのぶん足元の花を楽しむ。キバナシャクナゲやミヤマキンバイの花盛りだ。
  熊沢岳あたりから巨岩をよじりながらの尾根歩きが多くなってくる。ガスのおかげで高度感が無い分ビビりも少ないが、晴れていれば雄大な景色が楽しめたはずで残念。
  いよいよ雨もパラパラ降りだしてきた。急いで雨具を着る。予報より3時間ほど早く降り出した。あわよくば駒峰ヒュッテまでと考えていたがこの時点で心が折れた。
 DSC02446.jpg 熊沢岳が近づいてきた
  東川岳を越えると眼下のガスの中に木曽殿山荘が見えてきた。午後の2時半ではあるが今日のねぐらはここに決めた。 DSC02454.jpg 木曽殿山荘
  そうと決まればほかの登山者が来るかもしれないので、さっそくスペースの確保だ。冬季開放してくれているのは倉庫ということだが、一応二段ベッド風になっていた。
  アルファ米とレトルトカレーとサンマの味噌煮と菊正宗のパック酒が晩御飯。4時ごろの食事を済ませるころには風が強くなってきた。ガスが小屋の前を飛ぶように流れていく。 DSC02459.jpg 冬季開放小屋  トタン屋根にたたきつけるドーッという雨音で目が覚める。風もゴーゴー吹いていた。12時ごろだろうか。真っ暗闇でたった一人の小屋では心細いがストイックな自分に苦笑いもする。  まさに暴風雨になってきた。明日は停滞したほうがいいかなとの思いがよぎった。幸いDOCOMOは通じている。卓越天気予報を信じてうつうつとしていると、風雨の音も収まっていったが、今度は寒さで目が覚めた。
  シャツの上にインナーを一枚着てその上にフリースを着て、シュラフはモンベルの#3、さらにシュラフカバーだが寒かった。歯がガチガチするほどではなかったがシュラフの選択がちょっと失敗だったかなと思う。寝返りする度に目が覚める。よく寝ているのかいないのかよくわからないまま一人っきりの木曽殿山荘の一夜を過ごした。
朝はご来光を拝めるほどに天気が回復していた。
 
  喜びもつかの間、歩き出すころにはすぐにガスに包まれた。
  空木岳への急な登りが始まる。ごつごつとしたピークを数回越えてやっとこさ山頂を踏んだ。ガスで50m先は見えないので岩の迫力がいまいちつかめない。それが残念ではある。

 さあ、池山尾根を降りよう。  
駒峰ヒュッテのテラスで空木の姿が現れるのをずいぶん待った、うっすらと山頂が見えたときにシャッターを押した。ガスが流れるのをどれほど待ったことか。
  駒峰ヒュッテも玄関口を開放してくれている、畳にして3畳ほどかな。
 DSC02490.jpg 駒峰ヒュッテから空木岳を見上げる  
  駒石のでかい岩を登れるかなと近づくと登れそうだが、一人なのでやめておいた。たまにへんな虫が湧いてくる。
  池山尾根の登山道は何回も付け替えられているようで、なんで尾根行かないのとか思ったりする。トラバース気味に行って尾根に復帰するとそこには薄い上からの道が下りてきているところが多い
  そこには幹が数本倒してあって封鎖していたりする。まあ、わざわざそんな道を行くつもりはないのだが、付け替えた理由など考えるのも面白い。
  池山尾根を使って空木へ日帰り登山の人と2人すれ違い、空木平避難小屋泊の単独を追い抜いた。今回会った登山者はこの3人のみ。
  道が険しくなってきたらそこは大地獄、小地獄だった。ここも道の付け替えがある。安全なほうへの誘導がしっかりされていて、登山道を管理する人たちに頭が下がる思いだ。
  シラビソが多くなってきたころ池山分岐の水場についた。立派な登山道をダラダラ下るがこれが結構長かった。
  やがてスキー場の脇を下ってアスファルト道に出た。菅の台バスセンターへの道を一本間違えてインター方面に15分ほどロス。今回の唯一の道迷いはアスファルト道でやっちまった。
  菅の台近くのこまくさの湯に立ち寄り、疲れをいやす。そのあと、喫茶店風の「ガロ」でソースかつ丼を堪能した。ここのソースかつ丼はコロッケ大のヒレカツが四枚、大きなお椀の山盛りご飯の上にキャベツの千切り、さらにその上に四角錐のピラミッドのごとく件のヒレカツが乗っている。お椀のふたがまるで帽子を阿弥陀にかぶるがごとく収まっていないのである。
  1300円ではあったが、食べきれないほどに満腹になった。ソースかつ丼では有名な店らしい。
 さあ北岳のキタダケソウがいいらしいので、次はここに行きたいけど行けないだろうなきっと。

GarminコネクトのFujiiHiroshiの空木岳詳細